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駅前野球大学 Vol.5 「渡辺久信の人生。キャリアの局面と再起とは」レポート

<このイベントは、野球INSIGHTの前身の「野球ファンネット」時代に開催したものです>
◼︎開催日時

・2025年11月29日(土)15時00分~17時30分
◼︎会場
・東京・渋谷「TKPガーデンシティ渋谷」
◼︎出演(敬称略)
【ゲストスピーカー】渡辺久信(プロ野球評論家。埼玉西武ライオンズ元監督・GM)
【訊き手】斉藤一美(文化放送アナウンサー)

還暦の渡辺久信がほどき始めた「語ってこなかった野球人生」

2025年の野球シーズンが終わった、11月最後の土曜日。東京・渋谷。
2024年末まで埼玉西武ライオンズで監督およびGM(ゼネラルマネージャー)を務めた渡辺久信が、これまで外部ではほとんど語ってこなかった野球人生を、ゆっくりとほどき始めた。

まず語られたのは、50代でSD(シニアディレクター)、GMを担った立場から見た「いまのライオンズ」だ。栗山巧が来シーズン限りでの引退を表明したこと、横浜DeNAベイスターズ・桑原将志のFA入団についての見立て。斉藤の念入りなリサーチと鋭い掘り下げも相まって、序盤から会場にはどよめきが走った。

場内の温度が一気に上がったところで、本編は渡辺本人が持参した幼少期のスナップ写真へと移る。幼い頃から中学生までに3度も事故に遭いながら、そのたびに生還してきたというエピソード。群馬の厳しい気候の中で身体を鍛え、強く、大きくなっていった過程から、のちの豪腕エースの片鱗がじわじわと立ち上がってくる。

高校時代。1年生で夏の甲子園のマウンドに立ちながら、その後は苛烈な練習に心身が追いつかず、一度は野球から離れる。復帰してキャプテン兼エースとして臨んだ3年夏。全国高校野球選手権・群馬大会決勝でのサヨナラ押し出し。あの瞬間の責任感の重さから、一緒に戦った仲間たちへの申し訳なさを、いまも心のどこかで抱え続けているという。その感情は、後年の渡辺の包容力や人へのまなざしへ、確かにつながっているように思えた。

ドラフト1位で入団した西武ライオンズでは、当時の監督・広岡達朗に見出され、連投に次ぐ連投を重ねる。80年代中盤から90年代中盤にかけて球界を代表するエースとしてマウンドに立ち続けたが、やがて自慢のストレートが通用しなくなり、もがき始める。32歳で西武ライオンズから戦力外通告。そこで門を叩いたのが、当時ヤクルトスワローズを率いていた野村克也だった。

ヤクルト時代、後輩投手から受ける数々の質問に答え続ける日々が、やがて「指導者としての自分」を意識するきっかけになっていく。退団後は単身で台湾へ。コーチとして入団したはずが戦力不足からまさかの現役復帰となり、マウンドでもベンチでもフル回転の日々が続く。その一方で北京語を独学で身につけ、実戦の現場でコミュニケーションを積み重ねていく。本人が「第二の青春」と呼ぶ台湾での3年間は、その後の指導者としての道を決定づける時間となった。


「責めない言葉」が場を黙らせた。指導者・幹部としての20年

「大人力」で円満退団したつもりでいた古巣・西武ライオンズに対しても、心のどこかにわだかまりは残っていたという。そこから二軍コーチとして復帰要請を受け、約20年にわたるライオンズでの指導者・経営幹部としてのキャリアが始まる。

二軍監督として臨んだある試合では、明らかな誤審があり、そのまま試合が終わった。試合後、渡辺は審判全員を集め、こう語りかけたという。

「俺たちも、あなたたちも、これから一軍で高みを目指さなければいけない。もっといいプレーを、いいジャッジをしよう」。

責め立てるでもなく、甘やかすでもない。その言葉に会場は一瞬、熱を含んだ沈黙に包まれ、目頭を押さえる人の姿もあった。

一軍監督として迎えた初年度で日本一。以降もAクラスを重ねていくが、その裏側では幾度となく苦境が訪れる。そのとき何を決断し、どう乗り越えてきたのか。渡辺は、采配だけではなく、選手との対話、スタッフとの役割分担に至るまで、克服のプロセスを飾らずに明かしていく。


50代の決断。データでも論理でも割り切れない「人」の現実

年齢を重ね、50代。球団の最高執行責任者として、さらには編成トップとして、トレード、FA、戦力外通告といった決断の中枢に立つことになる。そこには、データや論理だけでは割り切れない、人との関係と感情の現実がある。

選手の性格、家族の事情、これまでの努力の積み重ね。そうした要素を丁寧に汲み取りながらも、最終的にはライオンズに留まらず、球界全体の未来を選ばなければならない。交渉や伝え方において、感情をあえて織り込むことの重要性が語られると、会場のあちこちでペンを走らせる参加者の姿が見えた。


60歳、これから。模索の言葉と、最後の笑い

59歳で球団を去り、これからの人生をどうするのか。
渡辺は自分の人生を「まだ模索中」と表現した。最近は料理にハマっているという。最後に自作料理のスナップが映し出されると、会場は和やかな笑いと、ひときわ大きな拍手に包まれた。

当初2時間の予定だったトークは、観客108名全員の総意で途中休憩をカット。それでも話は尽きず、結果的に30分延長という嬉しい誤算となった。誰一人として時計を気にする様子はない。渡辺久信という人間の奥行きと、野球への尽きない愛情が、会場の空気を最後まで掴み続けていた。


 

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